【ハワイで企業】世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人!

世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人! 総合不動産会社 カイナハレ ハワイ 代表 三田 英郎

【ハワイで企業】世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人!

皆様、平素より大変お世話になっております。カイナハレ・ハワイ不動産の三田です。

WAAP(ワープ)は、皆様の夢を実現するための適切なロードマップを導き出し、ハワイ進出に必要な要素をトータルにお手伝いするチームです。『ハワイ進出の目的は、ビジネスの成功だけでなく、家族・社員・友人と共に幸せな人生を作ること。事業進出から移住・遊びまでハワイの関わり方は様々。 あなたの夢を実現させましょう。』という理念に共感し、私もWAAPチームに参加しています。

 

先日WAAPに掲載された、私の記事をみなさまにシェアしたいと思います。ハワイ移住、ハワイ進出にご興味をお持ちの皆様、ぜひご覧ください。

[ハワイ進出した実現者インタビュー]
総合不動産会社 カイナハレ ハワイ 代表 三田 英郎

1945年、東京都に生まれた三田さんは、大学卒業後、ポルトガル語に惹かれ、ブラジルへの移住を決意します。上智大学の外国語学部でポルトガル語を学んだ後、日系移民が設立した南米銀行(サンパウロ)に就職が決まりました。

 

当時、日本の新卒初任給はわずか2万円程度。一方で、ブラジルに渡るための飛行機代は30万円、船でも20万円と高額でした。三田さんは移民船を選び、長い旅を経てブラジルでの新たな生活をスタートさせます。

世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人! 総合不動産会社 カイナハレ ハワイ 代表 三田 英郎

サンパウロでの新たな出発から日本領事館への転職。そして、イタリアへ

「ブラジルに行くこと自体が大きな夢でした。南米銀行で働けるようになったことは、本当にありがたい経験でした。」 サンパウロでの生活は約4年間続き、その後、日本領事館での勤務の機会を得ます。南米銀行からの転職は大きな決断でしたが、新たなキャリアへの挑戦を決意しました。

 

「転職は簡単ではありませんでしたが、領事館での仕事は日本企業のブラジル進出をサポートする貴重な経験となりました。特に富士通との関わりが深く、これが後の転職のきっかけとなりました。」 その後、三田さんは富士通の海外部門に配属され、再びサンパウロに戻ります。以前とは異なり、日々高級レストランで食事をするなど富裕層向けの生活スタイルに驚かされながらも、キャリアを積んでいきました。

 

そして、ブラジルでの8年の経験を経て、三田さんは富士通のイタリア拠点作りのミッションを任されます。ローマかミラノのどちらに拠点を設けるかという重要な決断を迫られ、ビジネスの中心地であるミラノを選びました。

 

「イタリアでは文化的な違いに戸惑いました。ブラジルのフレキシブルな生活に慣れていたため、ミラノの格式ある生活様式には苦労しました。」 と、ビジネスの場でも、イタリアでは形式が重んじられ、プライベートでも同様の礼儀が求められることが印象に残っているそうです。イタリア ミラノでの生活は5年間を過ごしました。

世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人! 総合不動産会社 カイナハレ ハワイ 代表 三田 英郎
世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人! 総合不動産会社 カイナハレ ハワイ 代表 三田 英郎

スペインでの苦しいミッション。それは「900人のリストラ」だった!

次に三田さんが向かったのはスペイン。スペイン政府との合弁法人の社長として、900人のリストラを伴う厳しいミッションに直面します。

 

「スペインでの仕事は本当に辛かったです。リストラという任務は精神的にも肉体的にも過酷でした。しかし、誠実に対応することで、大きな問題を起こさずに完了できました。」

 

その一方で、プライベートでは現地の優しい人々との交流やゴルフが心の支えとなり、スペインは今でも特別な場所として心に残っています。

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ハワイへの挑戦 – 自らの道を切り開く

日本に戻った三田さんは、富士通が関わるハワイのビジネススクールでの人材募集を見つけ、ハワイへ。現地では人生を変えたいと留学する日本の社会人を支援し、やりがいを感じていましたが、ビザの問題やグリーンカード取得には苦労しました。

 

5年の駐在生活を経て一度日本に戻るも、再度ハワイへ渡り、50代後半で新たなキャリアに挑戦することを決意します。ハワイの不動産業界に興味を持ち始めた三田さんは、不動産ライセンスを取得。66歳で自らの不動産ビジネスを立ち上げました。

 

「最初は不動産会社で働きながら、ハワイのマーケットや法律を学びました。ハワイは世界中から人々が集まる場所であり、特に日本人バイヤーが多く、私の日本語スキルは大いに役立ちました。」

世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人! 総合不動産会社 カイナハレ ハワイ 代表 三田 英郎

独立と成功への道 – ハワイ不動産市場での活躍

「66歳での起業は、周りからも驚かれました。自分でも少し無謀だと思うこともありましたが、実際にはハワイでの起業は日本ほど敷居が高くありません。マーケットの変化に敏感であり、特に観光業と不動産は密接に結びついているため、タイミングを見極めることが重要です。」

 

現在、三田さんのビジネスは13期目を迎え、主に日本人バイヤー向けの物件取引を行っています。ローカル文化と日本の顧客ニーズを理解し、両者の架け橋となることが彼の成功の鍵となっています。ハワイではコミュニティとの繋がりが非常に重要であり、信頼を築くことがビジネスの基盤となります。

 

「ハワイの不動産市場は地域ごとに異なります。オアフ島のホノルル市内、最近ではカカアコ地区では高層コンドミニアムが人気ですが、郊外では戸建てが主流です。日本人にとってはセカンドホームとしての需要も高まっています。」

世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人! 総合不動産会社 カイナハレ ハワイ 代表 三田 英郎

自然とともに生きる – ハワイで得た新しい価値観

「ハワイでの生活は、自然との共存を強く感じますね。毎朝、ハワイの風を感じながら散歩をしてから自家製ヨーグルトと共に朝食をとった後、会社へ出勤します。自然と触れ合うことで得られるリフレッシュ感は、心身にとって非常に大きな影響を与えてくれます。」

 

休日は、朝から近くのファーマーズマーケットに行き、地元の新鮮な野菜やフルーツを買ってから、仕事に行くそうです。

 

「ハワイでは、あまり仕事とプライベートの切り替えが要らない気がします。買い物などどこに行くにも近く、これが実に便利だと思います。ダイヤモンドヘッドと海を臨む自宅からオフィスまでも15分です。」と、このハワイの自然環境が仕事とプライベートの境界をなくすと語ります。忙しいビジネスの合間にも、自然の中でリラックスする時間を持つことで、常に前向きな気持ちで新たな挑戦に取り組むことができたといいます。

 

「ここでの生活を通じて、人間関係やビジネスの在り方も変わりました。自然体でいること、そして他者とのつながりを大切にすることが、ハワイでの成功の秘訣だと思います。」

世界を巡り、最後に辿り着いたハワイ。66歳でハワイビジネスを起業した日本人! 総合不動産会社 カイナハレ ハワイ 代表 三田 英郎

ハワイ進出した実現者からのアドバイス

最後に、三田さんにハワイ移住を検討している方へのアドバイスを聞いてみました。

「ハワイに移住するなら、自分が何を求めているのかを明確にすることが大切です。ハワイでの生活は、日本と比べてゆったりとした時間が流れていますが、その中で何を成し遂げたいのかをしっかり考える必要があります。特にビジネスにおいては、ハワイ独自の文化や市場に柔軟に対応することが成功への鍵となります。」

 

三田さんはハワイ移住を考える人々に対して、目的意識を持つことの重要性を強調します。彼自身は多くの試練を乗り越えながらも、自分のキャリアを築き上げてきました。彼の経験を通じて、ハワイでの新しい挑戦に向けたヒントや、人生を豊かにするためのアプローチを学ぶことができます。彼のハワイでのキャリアとライフスタイルは、多くの移住希望者にとってインスピレーションとなることでしょう。

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